'Tis Not Eaten When Rotted.

夜の選択肢は、早く寝る、しかなかった。
歩きつかれた足の下にクッションをいれ、目覚まし時計を今朝起きた時間にセットする。
夕食後の睡魔が後押ししたのか、すぐに眠りに落ちていく。

2、夜の歌

目覚めは、昨日のようにはいかなかった。
目覚まし時計の音で無理やり起こされ、自分の意志力で無理やりベッドから体を はがした。
半分眠った頭で着替えを済ませ、睡魔との闘いは、家を出るまで続いた。
髪にしっかりとついた寝癖はそのままに、寝ぼけた顔で、外に出る。
一度大きなあくびをすると、すがすがしい空気が肺に入ってくる。
歩いて体を起こしていけば、眠気は少しずつ薄らいでいく。
昨日より雲が多いらしく、空の星が少ない。
昨日新鮮だった気持ちは二日目には慣れに変化している。
あの少年が、また海岸に来ているか、少し不安だった。
家から林までの道のりは、昨日よりずっと長く感じられた。
そのため、住宅街を歩いているときは、丘につながる公園を思ったし、
丘の途中では、丘の頂上に立つ自分を想像しながら歩いた。

丘を下るときは黙々と、ただ黒々した林だけを見つめていた。
昨夜駆け抜けた林は、今日は森。木々のトンネルの中に入り込んでいけば、
闇はさらに深く、嫌でも恐怖心が募る。闇の中から浮かび上がる、
手前の木のうねるような幹が、迫ってくる。その奥は色のない世界。
今日も風が吹いていて、葉をゆらす不気味な音が聞こえてくる。
その中にずっしりと響く波の音と、かすかに不思議な旋律。
意識がそちらへ移る。シュエルの心から薄らぐ、森の存在。
黒い木々の塊とは少し違う質の闇は海岸へと出るところ。そこへ向かって、
自然と足が速くなる。風の中に消えそうだった旋律は、海に近づくにつれ鮮明になってくる。
音の源を見なくても、シュエルにはなんとなくわかった。昨日の少年が歌っていることが。

  おそらく、昨日と変わらない場所に、彼は座っていた。今日もまた、シュエルがいることに
気づいていない。けれどシュエルの足は、彼から数メートル離れたところで止まっていた。
昨日のことを思い出したわけではない。歌が、歌う姿が、近づくのを躊躇わせていた。
じっと動かないまま、体の中で声を共鳴させるように、音を出す。複雑な響き。
波の音が邪魔をしていたけれど、波の中から歌の姿が垣間見える。
シュエルは、こんな声を聞いたことがなかった。深く物悲しい声。

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