'Tis Not Eaten When Rotted.
1-2

聞きなれた波の音が、耳に優しく響いてくる。
こんな世界が毎朝いつも繰り返されていたんだと、シュエルの心に、小さな喜びが
湧き上がる。その余韻に浸ることもなく、シュエルは、さらに海へ近づこうと走り出す。
丘の斜面で加速して、暗い不気味な林の小道を一気に駆け抜ける。
そのままの勢いで砂浜へとでると、急に立ち止まる。黒い影が一つ
視界に飛び込んできた。立ち止まり、荒い息をおさえて、様子を見る。
影の輪郭をたどると、その形は、人のもの。海のほうを向き、座っているようだ。
波音のおかげか、砂浜が足音を消したのか、向こうの人間は、こちらのことに気づいて
いない。呼吸が落ち着いてくると、彼はゆっくりその人間の影に近づいていった。
声をかけるタイミングがわからず、そのまま影のそばに立つ。すると、
彼の気配を感じたのか、影がふと、シュエルのほうを振り返った。
「こんばんは」
思わず声を出すシュエル。その後に続く、沈黙。波の音。沈黙。
シュエルが戸惑いを覚える程たってから、影は少し俯くと、再び海のほうに向き直ってしまう。
その意味を深く考えず、シュエルは影の横に腰を下ろした。
「早起きなんだね」
やはり、影は返事を返さない。
「いつもこの時間ここにいるの?」
「………」
「あのさ」
「…るさいな」
口の中で呟くと、影は不機嫌に立ち上がる。まとっている長いマントのようなものを翻すと
シュエルのほうを振り向きもせず立ち去ってしまう。
シュエルは、呆然とその後ろ姿を見送った。
その姿が林の中に消えると、急に腹立たしさが沸き起こってくる。
「なんだよ」
小さく独り言をすると、勢いよく砂浜に腰を下ろす。脳裏に去り際の捨て台詞が
よみがえる。自分とさほど変わらない歳の少年の声のようだった。
聞いたことのない声だったけれど。
やがて、腹立たしさは、穏やかな波の音に、溶かされる。相変わらず海から
緩やかな風が吹いている。シュエルは目を閉じ、ひざを抱えた。
波の音、潮の香り、風の感触、緩む心…。
「…邪魔したのかなー」
ぽつりと、言葉が口からこぼれおちる。


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